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江戸時代にも人を苦しめた病 世界初の抗体作製に成功

「住血吸虫症」という寄生虫による病気がある。日本では1978年を最後に新しい感染者は確認されていないが、世界には2億人以上の感染者がいる。東京大学名誉教授の小島荘明(こじまそうめい)は、住血吸虫症のワクチン開発を試みた医師の一人だ。世界で初めて、ワクチン候補分子に反応するモノクローナルIgE抗体作製に成功した。小島は、どのような思いで寄生虫とかかわってきたのか。

寄生虫研究をはじめるきっかけになった台湾での経験

第1回 日台キリスト者医科連盟合同無医村診療の画像

第1回 日台キリスト者医科連盟合同無医村診療(台湾光復郷、1963)

小島が寄生虫学に出会ったのは1963年の夏、医学部専門課程3年の時だ。台湾の山地に住む少数民族のために無医村診療を行うプロジェクトに参加し、寄生虫の感染者が非常に多くいることにとても驚いた。「これからはウイルスや細菌ではなく、寄生虫の対策が重要になる時代がくるのではないか」。小島は、寄生虫学研究の道へ進むことを決めた。心のなかには「ひとの嫌がる仕事をやろう」という反骨精神があり、あまり進む者のいない分野だったが使命感を感じていた。

江戸時代から流行していた「日本住血吸虫症」発見のドラマ

江戸時代末期から広島の片山地方や山梨の甲府盆地、九州の筑後川流域を中心に流行していた奇病があった。田んぼに入ると発疹や発熱、腹部膨張といった症状があらわれ、最終的には腸管から出血したり体がやせ細ったりして死に至るという病気だった。

1904年、この病気を解明するため、偶然にも別々の土地で2人の医師が調査を開始した。桂田富士郎(かつらだふじろう)と藤浪鑑(ふじなみあきら)だ。桂田は5月26日に寄生虫が病気の原因であることを山梨で発見し、8月には日本住血吸虫という名前をつけて論文に発表した。この論文を見て驚いたのが藤浪だ。なぜなら、藤浪も虫体の存在を広島で発見していたからだ。桂田の発見のわずか4日後のことだった。普通は論文に感情的なことは書かないが、自身の学術論文に「空谷(くうこく)ニ跫音(きょうおん)ヲ聞ク思ヒセリ」などと驚きを記している。空谷の跫音とは、孤独なときに予期せぬ便りを聞くという意味だ。藤浪は悔しかったのだろう。一方、九州では宮入慶之助(みやいりけいのすけ)が、水に入ると脛などがかぶれるという田んぼの側溝を調査した。そこで巻き貝を発見し、日本住血吸虫が幼虫の時に寄生する中間宿主であることを証明した。この巻き貝は、彼の名にちなんでミヤイリガイと呼ばれている。

さらに驚くことに、桂田、藤浪、そして宮入も、みな日本の医学発展に功績を残した医師ベルツにつながっている。1876年に来日したベルツは寄生虫学にも大きな影響を残しており、多くの門下生がいた。そのなかに藤浪と宮入がいた。また、桂田が教えを受けた中濱東一郎(なかはまとういちろう・ジョン万次郎の息子)もベルツの弟子だった。

「偉大な先人たちの研究のおかげで、今の寄生虫学の土台がある」そう小島は話す。

世界で初めて抗体の作製に成功

ニューヨーク大学留学中の様子の画像

ニューヨーク大学医学部病理学教室(免疫学)ゾルタン・オバリー教授(後列右から2人目)のもとに留学(1972~1974)

住血吸虫症には治療薬はあるが、ワクチンはまだ完成していない。小島は、ワクチン開発にあたり「IgE(アイジーイー)抗体」というものに着目した。「IgE」とは免疫グロブリンというタンパク質の一種で、寄生虫が感染するとその寄生虫と反応する「IgE抗体」ができる。

小島はニューヨーク大学留学やハーバード大学短期滞在を経て数年がかりの研究を行った。その成果として1985年、世界で初めて住血吸虫抗原と反応し、動物実験で感染を防御できる「モノクローナルIgE抗体」の作製に成功。さらに、住血吸虫のタンパク質「パラミオシン」がこの抗体の標的分子であることを証明し、抗体に結合する部分のアミノ酸配列も決定した。また、IgE抗体が結合した住血吸虫は、好酸球(白血球の一種)の攻撃により死滅するという免疫学的な仕組みも解明した。つまり、パラミオシンはワクチンとなりうる抗原だと判明したのだ。

アメリカの先行研究ではパラミオシンはワクチン候補分子から外されていた。しかし、小島らの研究の成果により、WHO(世界保健機関)によってパラミオシンがワクチン候補分子のリストに追加された。残念ながら、人体への応用や効果に関しては研究が十分になされておらず、ワクチン開発への道はまだ遠い。「ワクチン開発となると、タンパク質や遺伝子の研究が必要になってきます。そういった部分は、後に続く若い力に期待せざるをえない。治療薬も現在はひとつしかない。新薬の開発や、治療とワクチンを併用して再感染しないようにするといった取り組みも必要です」。小島は悔しさをのぞかせながら、今後のワクチン開発に向けての研究に大いに期待を寄せる。

「世界に目を向ける」ことの大切さを意識してほしい

ワクチンや治療薬の開発は患者のためでなければならない。しかし、病気が流行していない地域にいると研究の意義が見えづらく、モチベーションがわかないかもしれない。「世界に目を向けて、世界の人々はどんなことに苦しんでいるのか、自分で現場を見て感じ取ったものを研究に生かさないといけない。最先端の研究をして、最後は実用化まで持っていけるようにしないといけないのです」小島は研究の意義について語る。「われわれの電化製品にあふれた生活を考えてみましょう。テレビの構造についてわれわれは何も知りませんが、スイッチ一つで科学の恩恵にあずかれますよね。テレビの細かいところを作るのは研究面ですが、作るだけでなく、何も知らない人が正しく使えるようにするところまでがサイエンスの本当の目指すべき姿だと思います。一般の人びとがサイエンスの恩恵にあずかれるようにする。若い人たちにはそういったことも意識してほしいのです」

世界には、マラリアや、住血吸虫症などの「顧みられない熱帯病」が流行している。貧しい人たちの病気は、経済発展だけを目指す視点からは厄介者扱いされ、無視されている。「無視された病気に光をあてて貧しい人が元気になるように、そして健康になった人が社会に貢献できるように」そういった思いをこめて取り組んでいって欲しいと小島は願っている。(取材日:2015年6月12日)

住血吸虫症研究

小島 荘明(こじま そうめい)

1940年東京生まれ。千葉大学大学院医学研究科博士課程修了。住血吸虫症のワクチン開発に尽力する。1997年に当時の橋本龍太郎首相が国際的な寄生虫対策を提唱して以来、世界の熱帯病対策のためさまざまなプロジェクト立ち上げにも携わる。東京大学名誉教授。

「住血吸虫症」の概要をみる-Yahoo!ヘルスケア

島尾忠男の画像

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